石原まこちん『カワラバーン』

今年、最初に読んだマンガは『カワラバーン(石原まこちん)』(amazon)でした。良い出だしを切れたと思います。



カワラバーンamazon


週刊スピリッツで『THE 3名様』(amazon)を連載中の石原まこちん先生が、WEEKLY漫画アクションで連載していた作品の単行本。
『THE 3名様』は、”二十代後半のフリーターの若者達がファミレスでクダを巻く”だけの展開が、延々と、3年以上に渡り描き続けられている快作です。
本作『カワラバーン』では、舞台を川原に、登場人物をリストラされた父とその息子に替え、基本的に『THE 3名様』と同じことが行われています。すなわち、『甲が時事問題や流行について知ったような口で語り、乙が「胡散臭い話だ」「それは違うんじゃあ・・・」と訝しみつつも、乙は甲の心の脆弱さから来る逆切れ性質を熟知しており、事を荒立てたくないため、表向きイエスマンとなる、あるいは信じ込んでしまう話』です。
僕は石原まこちん先生を、「日本最高峰のノー・スペクタクル作家、あるいは、ゼロ・ショッキング・ストーリーテラー」として大絶賛しているのですが、本作でも、石原作品の要である「特に何も起こらなさ」は遺憾なく発揮されています。
ただ、『THE 3名様』では本当に何も起こらなかったのに対し、『カワラバーン』では、父がヤミ金から多額の借金をし追い込みをかけられていたり(ですがヤミ金業者は一切紙面には登場しません)、失業保険受給期間延長を画策したり、本当に駄目な商売(タマちゃんグッズ販売など)を目論んだりと、登場人物の起こすアクションが幾分、多彩なものとなっています。しかし、基本的に登場人物たちが置かれた現状は何も変わりませんし、特に事件も何も起こりません。起こっても、彼らにはあまり関係ありません。
首尾一貫し、読者を裏切らないことにおいて、とても信頼できる作家です。
その中で僕が特に好きな話の紹介を。


第24話『ツッパリ Junior High School Rock'n Roll』

父は、いつものように取立ての追及を逃れるため、近所の川原の土手で息子とボンヤリ時を過ごしていた。
すると、近所のツッパリ・ジュニアハイスクール・スチューデントが飲酒しながら二人に因縁をつけてきた。
一瞬狼狽える父であったが、連中が飲んでいる酒がノン・アルコールビールと分かるや態度を一変、自分がいつも(土手で)飲んでいるアルコール度30%の焼酎を取り出し、飲み比べ勝負を持ちかける。
現在進行形で酒に溺れている中年男性が中学生風情に負けるわけもなく、父は圧勝する。

父「フ…やはり、中学生の浅い人生経験にこの酒は重すぎたかな…。人生長く生きてると、コレでも酔えんのだヨ…」


逆上した中学生集団は、次にタバコ勝負を挑む。しかし、逃避としてタバコを切実に必要とし吸っているリストラ無職中年に、昨日今日タバコをファッションとして吸い始めた中学生ごときが勝てるはずもなく、勝負は父の激勝に終わる。


父「男なら1mgメンソールなどヤワなモン吸わねーで、タール・ニコチン、たっぷり入ったタバコを吸え!」


父の”男”に圧倒され、感服する中学生軍団と、父への憧れを一層強める息子。退散する中学生軍団を尻目に、悠然とタバコをふかす父。
そこに警察が。


警官「あのー…今、少し見てたんだけどね。少年達にお酒とタバコ…強要してたよネー」
父「あ…イヤ…」
警官「ちょーーっと、署の方までいいかなぁ」
父「あの、イヤ…」
劇終。


自慢げにタバコを吸う中学生スピリット、息子を前にしての父が取らねばならない大人の強がり、中学生と本気で闘う(しかも自分に絶対的に有利なステージで)中年男性のメンタリティー、平日昼間からの飲酒の悲哀とそれをプラスに転じるポジティブ・シンキング、権力への白旗、などなど、魅惑的なキーワードに溢れた話です。
勝ち組・負け組の構造に支配され、あくせくし、余裕ゼロで息苦しい世の中になりつつある今、「んなことよりよ、とりあえず今日はゴロゴロしようよ」「俺は闘わないよ。家でテレビ見るよ」と言わんばかりの、世相をハナから相手にしない石原作品が僕は本当に好きです。
アクションが休刊してしまい、一巻完結となってしまったのが大変惜しい作品でした。